東日本大震災当時、釣具屋で起きていた事。

「オレ、こんなとこにいて良いのかな?」

 

人生で初めて、働く事に対して「倫理的」に疑問を持った。

 

東日本大震災が発生して次の日の早朝、釣具屋のレジの中でパソコン画面に映るヤフーのニュースに釘付けになりながらそう感じた。先に言っておきますが、オレは安直な「不謹慎論」や「自粛論」を振りかざすつもりもなければ、「現地で何か出きることがしたい」って強烈に思った訳でもない。

 

釣りはレジャー産業というだけではなく、自然相手の商売。しかもその相手は水である。当時は余震や津波等、この先何がどう続くか予測出来ない緊迫した状況だった。オレが当時暮らしていた場所は九州地方だったので、正直直接的な被害やパニックというのは殆ど無かったのですが、それでも余震や津波の恐れはどう考えても拭えない。そんな中で、オキアミだのルアーだの水で遊ぶ道具なんか売ってて良いのかな、と。あの時程自分の仕事の意義を考えた事は無い。


西日本を豪雨が襲った。

オレの地元も特別警報が出されていたが、あまり大きな被害は無かったようだ。今年に入って、大きな地震や噴火等あったり、自然災害のニュースがやや増えた気がするが、その度にオレは釣具屋時代のあの気持ちを思い出す。

 

今日は震災当時の事や、仕事としての釣りについて書いていきたい。

 

 

 

 

正直言うと、震災があった次の日でも、お客さんはいた。数は流石に減ったが、それでも想像していた以上にお客さんは足を運んでた。と言っても、釣りに行くというより、ただ買い物に来たって感じの人の方が多かった気がするが。でも、普通にオキアミアミエビを買って行く人もちょこちょこいて、それは流石にオレも複雑というか困惑しながらレジを打っていた。

 

「今日ばかりは海に行くのはどうなの?」

と。だが一部のお客さんは、

 

「渡船屋に電話したらいつも通り渡すって」

そう言ってオキアミを買って行った。これには流石にオレも言葉を失った。

 

くどいようだが、オレはここで安直な自粛論や不謹慎論を言いたいのではない。リアルな現実としての「危険」が当時の海にはあった中で、「海に行く」あるいは「客を乗せて海に出る」事を選択出来るその神経に困惑した。

一応、近隣の遊漁船や渡船の船長に一通り電話したのだが、様子見で休業してるところもやはりあったし、「普通に出してるよ」とけろっと答えるトコもあった。

 

「いくらなんでもそりゃねーだろ。」

と。釣り人として、というか、生物として危機管理能力を疑う他無かった。

だが、

「つーか、お前らだってエサ売ってるじゃん」

って言われたら何にも言えない事実もある(実際に言われた訳ではないけど)。

 

生物として疑問を抱かざるを得ない人間に、人間として生きるために釣具を売るオレ。

あの時感じた違和感とある種の矛盾で澱んだ気分は多分一生忘れない。

 

 

 

 

震災が起きて数日が経つと、お客さんが少しずつ増え始めた。釣り客というより、「物資」としてヘッドライトやランタン、電池等を大量に買っていく人が明らかに増えた。

 

話を聞くと、甚大な被害は受けていないがお店からその手の物資が消えつつあり、運送や物流も何とか機能している、関東地方等に住んでいる家族や知人の為に送るのだとか。

店頭にあったその手の商材はよく売れたし、中には明らかに釣り用ではないLEDランタン等を取り寄せて欲しいという問い合わせも多かった。凄い人になると業務用のかなり強力な物を注文しようとお店に来た人もいた。

 

だが、これは恐らく全国的な流れだったのだと思うが、何処のメーカーや問屋に問い合わせても在庫は無いケースが多かったです。というかどこに電話しても対応に追われててんやわんや感が伝わって来たのを覚えている。

先述の業務用のLEDランタンは、当時はまだ釣具事業部門があった大企業(伏せるまでも無いが名前はあえて伏せる)の商材だったのだけど、正直ホームセンターとかでも手に入るのか分からないような代物で、オレが勤めてる店の本社に問い合わせても当然取引の履歴も無く、どこの問屋に問い合わせても扱ったことが無いとの事だった。流石にオレも「こんなん釣具屋に問い合わせるほうが間違ってるやろ」って思ったのを覚えてるが、お客さんも急いでるようだったので、ダメもとで直接その企業に電話して問屋に卸せるか聞いてみた。

 

相手が電話に出た瞬間悟った。

 「あー死ぬほど忙しいんだな」

 

相手の不機嫌な語尾の尖りを気にせず、品番と品名を伝える。

M社「○○ー△△??なんだそら??そんな商材ないぞ。何見て問い合わせたんですかね?」

オレ「いや、あの・・・ネットでこの品番で検索したら普通にそちらのHPで出て来たのですが・・・そこにここの番号があったので。」

M社「・・・ちょっとこちらではよく分からないので、○○事業部の方に問い合わせてください。少なくともこちらでは判断できかねます。」

ガチャ。

 

天下の、あの泣く子も黙る世界的企業の窓口とは思えない言葉と態度を吐きつけられ、もはや怒りも湧きあがらなかった。結局言われたトコに電話したが、内容は忘れたが取り寄せは出来なさそうだったので、もう率直にお客さんに言った。

「ホームセンターか業者向けの店に行った方が早いです。」

ぶっちゃけ事実だから。

 

こういう問い合わせに追われる日々が約1週間くらい続いたが、恐らくこの手の商材を扱うメーカーはもっと忙しかったと思う。M社のあのてんやわんや感と余裕の無さは一生忘れないと思うね。

 

 

 

 

福島の原発の深刻さは日に日に増していき、被害状況の凄まじさにただただ閉口するしかなく、当時は本気で「日本ってどうなるんだろう」と疑問に思ったものだが、そんな中で釣具という遊び道具を売っている自分は一体何なのか。毎日思った。

 

そんな事言ったってしょうがないじゃないか。

 

えなり君が言いそうな言葉だが、そう言い聞かせるしかない。

 

でも、当時救われたのはdepsの奥村和正氏のブログ。

奥村和正の社長ブログ:「未来基金」について

 

ウチはルアー屋なんで、ルアーしかありません。

出来る事を探して行動していきます。

             ~ブログ記事より引用~

この言葉には色々な意味で助けられた。釣具屋なんだから、釣りという遊びを売るしかない。とにかく目の前のやるべき事やるしかねぇなと。

 

東日本大震災熊本地震でもそうだったが、オレはやはり安直な自粛、不謹慎ムードは反対です。熊本の時もホリエモンがバラエティ番組が中止になった事でバカげてると発言して炎上したが、オレは「よく言った!」と思った。

 

だって自分が出来る事で経済を回す事をやるしかないのだから。みんながみんな被災地で活動できるわけではないし、自粛したところで何も現実は変わらない。だったらいつも通り、いつもの場所で活動しようぜ、と。いつも通り経済を回すしかない。オレが東日本大震災当時、釣りという遊びを売っている商売に関わった中で学んだ事がそれです。まぁ、それでもあの状況で海に出かけた、客乗せて船を出した生物は最早人間とは思えなかったが。

 

何にせよ、日本という国で暮らしている以上、自然の脅威からは逃げられない。

ぶっちゃけオレが暮らしている愛知県も南海トラフの脅威からは絶対に逃げられない。

 

出来る事を、今やる。今日やる。

それしか無いんだよ、人間は。

少しずつでいいから。

 

 

この度の西日本豪雨災害に被災された方々にお見舞い申し上げると同時に、犠牲になられた方々へのご冥福をお祈りいたします。

もしあなたが今大変な状況下に置かれているようでしたら、とにかく今は無理はしないでください。目に前の事に向き合うのは少しずつで構いません。

 

少しずつかもしれませんが、いつも通りが早く戻ってくることを祈ります。

 

が、祈ってるだけでは何も変わらないので、少しでも出来る事があれば ご協力を!

donation.yahoo.co.jp

 

以上、ムラキでした。